日々の"ほっこり" おかぴごと日記

人間らしく。愛と笑顔の明るい心で歩こう。

◎お互い、良き距離感で。

 

 

 

自分の支配欲を

あたかも善意のように

見せている人は多い気がする。

 

 

依存させることで

自分が相手を救っていると勘違いをして

結局自分がいないと立てない人間を

作っている、育てている

育て方が、愛のある育て方だと

言っている人も多くいる気がする。

 

 

本当に自分でできないのだろうか。

難しいよね、っていう

その難しさは本人じゃないのに

どうしてわかるのだろうか。

 

 

泣いていたら

手を貸さなければいけないのだろうか

それが優しさなのだろうか

 

困っていたら

手を貸しその困りごとを引き受けてしまう

それは果たして優しさなのだろうか

 

 

 

当たり前のように

困っている人には優しくと

言われてきたが

困っている人というのは

こちら側から見た決めつけであって

本当に困っているかはわからないのでは。

 

 

困っている人たちのために、

障害者マークや妊娠中のマークができて

その人たちに席を譲りましょう

配慮をしましょう、

 

というのは

わかる

 

意思表示があるからわかる

 

そういうものができたことは

ありがたいし、

お互いにとって必要なものだとも思う。

 

 

 

違和感に思うのは

見えない部分の困りごとを

まわりが決めつけていないかということだ。

 

毎回自分はその加減に違和感を覚える

と、いうか、

納得ができていない部分がある

 

 

 

今の私はそこの折り合いが

付けられていない、

という話になる。

 

 

 

 

そういうものは

どうしたらわかるかと考える。

 

 

とりあえず様子を見守る、

というのも優しさだと

自分は思う。

 

聞いてみてもいいと思うが、

人間は遠慮というものもできてしまうから

とっさに

「あ、大丈夫です」と言ってしまう人も

少なくないだろう。

 

 

 

また、

一時的な困りごとは

手を貸すことはできても

長期的な困りごとは

その根本は本人が向き合うことだとは思う。

 

 

それをまわりが引き受けてしまう、

ということは本人のための優しさではない

と、思っている。

 

 

 

お金がないと困っている人に

お金をあげることが優しさだろうか。

 

お金を稼ぐ方法を教えることや

まわりの人脈を増やすこと 

自分の持っているものの良さに気付いてもらうこと

 

まあ、いろんな方法が他にもあるだろう

 

お金をただ渡したところで

学びがなければ

使い方が変わらなければ

そういうものを知らなければ、

同じところを行ったり来たりしているだけ。

 

そして

 

誰かがいつも困っていれば何かしてくれる

と思っていれば

いつまでも同じことを繰り返し、

反対にまわりが弱っていく時に、

その状況に気付いていけるのだろうか、

とも思う。

 

 

 

ん、これは私の思考の癖であり

未来への

不安の先取りの原因なのか。

 

 

人のことは責任はとれない。

 

 

だからこそ、

いつも助けてくれる人が

いなくなった時も

いつまでも泣いていて

解決をしていく方法を

見つけようともしないだろうか。

 

 

そうなったら、どうすることができるのか

そうなった時に、

また同じように助ける人が

いるのかどうか。

 

 

というそういう状況の仕組みに

なってしまっていないか、

と周りを見て心配になってしまうことが

多い。

 

それは

私のただの不安の先取りであり

思い込みの世界かもしれないな。

 

 

でもそうなった時に誰が責任をとるの。

 

 

そういう状況は当たり前のように

日常に潜んでいるように思える

 

 

泣いて

喚けば

誰かスーパーヒーローが助けてくれるのか。

 

 

助けてくれない、

とは言い切れない。

 

 

でも

常にスーパーヒーローを求めていなくても

自分自身で危機を乗り越えていく力は

誰しも、あるはずだと思うのだ。

 

 

その乗り越えていく力に

ちゃんと気付かせてあげるというのも

必要だと思うのだ。

 

 

それも人それぞれのやり方だろうか。

 

 

そして何も考えられてない、

と思うのもまたこちらの勝手な見方であるのも

自覚しないといけない。

 

何も考えられてないから

こちらが考え方を教えよう、

とするのもまたエゴであり

勝手な思い込みであるとも言える。

 

 

だから今自分がそういう状況に対して

できると思うことは、

その人の意見をきちんと聴くこと。

聴けるだけの余白を常に自分が持っておくこと。

 

 

相手の話を全てだと思わずに、

その人からの景色として

その人の思いをこちらのフィルターをせずに

とりあえず受け取ること。

 

 

それに対して

ただ受け取ること。

何かをしてほしい、という思いは 

一応は受け取るがやるかやらないかは

まわりの勝手である。

 

 

根本的にその人が求めていることを

様子を見守りながら、

少しずつプレゼントしていくこと。

 

 

こちらの意向に当てはめずに

その人の進む道にその人が責任を持てるように

促していくこと。

 

 

人にいつまでも求めていれば

何か問題があったときに

人のせいにしかしない。

それでは問題は何も解決をしないから。

 

 

 

誰しも勝手な思い込みがあるのだから

それが全てではないのだから

それに振り回される必要はない。

 

こちらも元気な状態で

余裕があれば時々、

少し、プレゼントを分ければいい。

 

 

常に煽てる必要はない。

 

 

お互いに尊重をして

成長をしていきたいものだ。

 

 

 

 

今日も、一歩。

 

 

 

 

 

 

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